

























本来アイドルに夢中になるだろう年齢に、微塵も興味がないまま季節を送った。ぼくがアイドルおたくになったのは、20代も後半だった。現場と呼ばれるコンサート会場には、40代50代とおぼしきオッサンが、推しの缶バッチでデコレーションしたリュックを背負って参戦しており、正直、うわぁって思った記憶がある。好きなものを好きと表現するのは素敵なことだけど、ちょっとどうだろう?って否定的な感情を持った。中にはちゃんとしたというか、オシャレなファッションの人も確かにいるんだけれど、それ部屋着じゃないの?って格好で都市部のコンサート会場に来る人が多くて、オタ活に資金を全振りしてるにしても、もうちょっと何とかなんないのか?と、白い目で見た記憶がある。
そのまま数年間アイドルに夢中になり、ぼくも30代に突入した。いい歳こいて童顔だったのと、一緒にライブに足を運ぶのが二十歳そこそこの教え子だったのでまだカモフラージュはできたが、小学生や中学生の女の子アイドルグループに「下手したら孫だぞ?」みたいなおじさんたちが群がっているのを見て、もう引退した方が良いなと何となくオタ活を辞めようと思った。現場に参戦し、SNSで感想を発信していると、いつの間にかオタ友もできる。そんな中に、会場あるいは会場周辺のみで許される空気というか行動を、その後の居酒屋でも発揮する連中がいて、これと一緒だと思われたら嫌だなと思った。ちょうど推していたアイドルの楽曲があまり刺さらなくなった頃だったので、ぼくはアイドルオタクをやめた。
そういうのってあくまで同族嫌悪であって、自分もコミュニティ外から見たら同じ存在だってのは自覚してた。自覚してたからこそ、純粋にファンとしてアイドルを推してる人たちが、キモオタと呼ばれ揶揄されるのを忸怩たる思いで見ていた。悲しいと表現する方が近いのかもしれない。自分で自分たちの首を絞めているのに気づかないのかなと思った。
しかしドルオタ数人と友人関係を続ける中で、彼らは外からどう見られようがまったく興味がないことが分かった。何を言われようが好きなものは好きだと彼らは言い放った。ああ、ぼくとは覚悟の次元が違う世界に生きているんだなと納得して、アイドルオタクも立派な生きざまだと認められるようになった。認めた時には、もうぼくはドルオタではなくなっていたけれど。
今朝お珍歩帰りの満員の地下鉄で、タブレットで萌え系アニメを見ている初老の男性がいた。彼が姿勢を変えてタブレットの背中が見えたのだが、背面にはアニメキャラのステッカーが無数に貼られていた。乗り換え駅のエスカレーターで前に立った男性が背負っていたのはジオン公国のリュックで、ガンダムのキーホルダーが揺れていた。後ろ姿で少なくとも50代後半だなと想像できた。乗り換えたやはり満員の地下鉄で、ぼくの前に立ったのもいい年したオッサンだった。オッサンは痛バというほどではないけれど、缶バッチでデコレーションした鞄を抱えていた。缶バッチはホロライブだった。揺れるアクスタを見つめながら、ああこの人も悲しいんだろうなぁと思った。バッチもアクスタも、二年前に契約解除された夜空メルちゃんだった。
ほんの数分間で老朽化オタクに3人も遭遇した。一般人に擬態してるぼくも含めたら4人が邂逅したことになる。オタクが年を取っていくんだもの、当たり前の光景といえば光景だった。かつての囲碁将棋やゴルフみたいに、オッサンの趣味の一つとして、オタ活がカウントされる世界が来ればなぁと思った。




























