「これ食べる?」とテーブルに置かれたのは猫の餌でした。「うちの子、最近こういうタイプ喜ばないのよねー」と渡された缶詰。「まぐろ・かつお・ささみ入り」と書かれた缶詰。確かにパッケージの写真は美味そうだけど、これ猫の餌ですよね?うん、ちゃんと猫の顔もプリントされている。ぼくの勘違いではない。
ブランド物のバッグから5つほど同じ缶詰を出してテーブルに並べながら、「お醤油かけてご飯に載せれば美味しいんじゃない?」という顔は、決して冗談ではなく至極まじめな表情をしている。ああそうだ、こいつはこんな女だったわと思い出した。
「ぼくの人としての尊厳はどこに行ったのでしょうか?」あくまで遠回しに、面倒臭いことにならないように、婉曲表現のお手本みたいにお気持ちを伝えるぼくに「プライドなんてないでしょ?もしそんなのあったらとっくに自殺してるよね?」と言い放つ女。ぼくは地域差別というか、そもそも差別じたいをあまりしない男なんだけど、この時ばかりは関東弁のイントネーションをひどく憎んだ。これが猫又おかゆちゃんがたまに聞かせてくれる青森弁なら、ですよねー?と肯定もできたのに。語尾を上げんな!
猫缶はまだ一つも減ることなく、棚の上に重ねて置いてある。これ食べちゃう日が来るとは思えないけれど、そこまで追い詰められたら今度こそぼくはいのちを絶つ所存。ぼくは最期まで人でありたい。